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大阪地方裁判所 昭和23年(行)105号 判決

原告 水野かず 外二名

被告 大阪市東住吉区瓜破農業委員会・国

主文

本訴は昭和二八年四月二〇日附同年五月七日当裁判所受附の書面による訴の取下により終了している。

取下の効力に関する訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

一、原告等の主張

(一)  原告等は本訴の原告であつた水野慶次の遺産相続人であつて、水野慶次は昭和二五年一月一六日死亡し原告等において本訴を承継したものであるが、本訴について先代の死亡後である昭和二八年四月二〇日附の取下書が先代名義で作成せられ、同年五月七日裁判所に提出せられている。

(二)  しかし右取下書は先代の死亡後にその死者名義を以て作成せられたものであるからその文書自体無効であり、その無効な文書によつてせられた訴の取下はその効力を生ずるに由がない。

二、被告等の主張

原告等主張の(一)の点は認める。しかし本件取下が無効であるとの原告等の主張はこれを争う。

三、証拠〈省略〉

理由

原告等主張の(一)の事実及び本件取下書には被告等の訴訟代理人である堀川弁護士の連署がせられていること、本訴の対象たる土地のうちには元原告等の共同原告であつた大阪金属工業株式会社の関係する土地とそうでない土地との双方があることはいずれも本件記録上明白である。

そして証人矢倉幸太郎の証言に原告本人水野恒夫の供述を綜合すれば、

(1)  昭和二八年四月二〇日附水野慶次名義の取下書は被告委員会の書記長である矢倉幸太郎において、被告委員会の委員長より大阪金属関係の土地については大阪府農業委員会の仲介で円満解決したので他の関係原告から取下書に押印を貰うようとの命があり、予め原告の署名押印だけを貰えばよいように書類を用意して原告水野両名方に赴きその署名押印を貰つたものであるが、本訴の対象たる土地は前記のように大阪金属に関係する土地とそうでない土地との双方があるのに、矢倉幸太郎はこれを大阪金属関係の土地だけと誤解して本訴の全部を取下げる旨を記載した取下書に署名押印を求めたものであり、また水野慶次はすでに死亡していたが訴訟での承継手続がまだすんでいなかつたので先代名義の署名押印を貰つたものであるが、現実には水野慶次の長男である原告水野恒夫に会つて同人と話して同人からこれを貰つたものであつてその際大阪金属関係の土地についての取下を求めるものである旨を話したかどうかはともかく、大谷その他の原告等にも取下げて貰う旨を話して同人了承の下に取下書に先代名義の署名押印を貰つたものであること、

(2)  一方原告水野恒夫の方では右矢倉の署名押印の求めに対し訴取下の対象たる土地が大阪金属関係の土地であるか否かは殆んど問題とせず、ただ共同原告であつた大谷幸左衛門等も取下げると聞いてこれに追随する意味で異議なく右署名押印の求めに応じたこと、

を認めることができるのであり、また本件記録からすれば、原告等の本訴を含めた昭和二三年(行)第一〇五号農地買収計画不服事件は大阪金属工業株式会社外二五名(本訴原告等については先代水野慶次の一名として計算)が共同原告となつて提起したものであるが、そのうち大阪金属関係の土地とそうでない土地との双方に関係があるのは原告等(水野慶次)だけで大谷幸雅、大谷合資会社、永田重次郎、矢倉宇三郎、坂野作蔵の五名は大阪金属に関係のない土地だけを対象とし、その他の大谷幸左衛門等の共同原告は大阪金属関係の土地だけを対象とするのであるがこのうち大阪金属関係の土地だけを対象とする大谷幸左衛門外二名は昭和二七年五月一〇日附同月二三日受附の書面を以てその訴を取下げており、また大阪金属に関係のない土地だけを対象とする前記五名のうち永田重次郎、矢倉宇三郎、坂野作蔵の三名は本件水野慶次名義の取下書と同日附また同日裁判所受附の取下書を以てその訴を取下げているが、他の二名及び大阪金属関係の土地だけに関係のある他の共同原告一六名(大阪金属を除く)はなおその訴訟を維持しているものであることが認められる。

そこで右認定のような事情で作成せられ裁判所に提出せられた本件取下書の効力について考えてみる。

(一)  まず右取下書はその名義人たる水野慶次の死亡後にその死者名義を以て作成せられている点に問題がある。水野慶次はその生存中に本訴を提起し後死亡したものであるが、訴訟代理人があるため手続は中断せず、また原告等において承継手続をしなかつたので訴訟はそのまま進行していたものであつて、その状態において承継人の一人である原告水野恒夫において前認定のように先代名義の取下書を作成してこれを裁判所に提出したものである。そして原告水野かず及び井上正子は右取下書の作成には直接関与したものでないこと前認定の通りであるが、原告本人水野恒夫の供述の全趣旨、本訴の態様、原告かずは水野慶次の妻であつて原告恒夫の毋、原告正子は水野慶次の二女であつて原告恒夫の妹であること(この事実は本件記録中の戸籍謄本によつて明かである)から考え、原告恒夫は他の共同承継人である他原告二名から委され本訴の取下書を同人等に代つて作成する権限を持つていたものと解するのが相当であるから、右原告恒夫の単独作成提出にかかる本件取下書は水野慶次の承継人全員が先代名義を以て作成提出したものと解して差支えない訳である。そこで問題は死者名義による取下書の効力であるが、右取下書は右認定のように訴訟の実体上の承継人である原告等がその意思に基いて本訴を取下げる意思を以てこれを作成したものである以上、原告等自身の名義による取下書ではないにしても訴訟の名義人がなお先代になつていたため、便宜先代名義を以てこれを作成したに過ぎないものであつて、先代の名義によつて表象せられた原告等の取下書として有効なものと解するのが相当である。

(二)  また右取下書は被告委員会の書記長である矢倉幸太郎の求めにより作成せられたものであり、矢倉は原告等の本訴の対象たる土地は大阪金属関係の土地だけであると誤解し、大谷その他の原告等にも取下げて貰う旨を話して取下書に署名押印を貰つたものであること前認定の通りである。そして矢倉が原告等の本訴の土地が大阪金属関係の土地だけであると誤解した点については、同人が被告委員会の書記長である点から考えても同人に相当な過失のあつたことはこれを否定すべくもないが、大阪金属関係の土地については大谷幸左衛門等もすでにその訴を取下げているものであること前認定の通りであり、また本訴は大阪金属関係の土地だけに関係ある他の多数の共同原告と共に提起せられたものであることから考え原告等から右取下書を徴するにつき矢倉幸太郎に特に原告等を欺く意思があつたものとも認められず、本訴の取下が同人の刑事上罰すべき行為に基因するものとは到底これを認めることはできない。

(三)  なお原告等が右取下書に署名押印するに至つたのは大谷幸左衛門その他の共同原告も取下げると聞いてこれに追随する意味であつたが、大谷幸左衛門は本訴の共同原告としては大阪金属関係の土地だけに関係があり、同人個有の土地は本件とは関係がないのであつて、その点原告等とは多少関係を異にするものがあつて原告等が同人に追随したとすればそこに多少の錯誤があつたかも知れない。しかしかような錯誤が取下を無効にするものとは到底解することはできないのであり、また原告本人水野恒夫は本件取下書は原告等の訴訟代理人である久保田弁護士を経て裁判所に提出されるものと思つていたのに、それが相手方訴訟代理人の手を経て提出されたことにも錯誤があるやの供述をするが、取下書の性質、殊にその署名押印を求めた者が相手方たる被告委員会の書記長であつた点等から考え、原告等の署名押印は大谷幸左衛門等に追随する点に重点があり、右の経由代理人に当時それ程関心を持つたものであるか否か頗る疑問であるだけでなく、仮りに右のような錯誤があつたとしても右錯誤また本件取下の効力に何等の影響を及ぼすものではない。

以上いずれの点から考えても本件取下書は有効であつて、他にこれを無効ならしむべき事情は何等これを認めることはできないので、原告等の本訴は右取下書による訴の取下によりすでに終了していることが明かであるから、取下の効力に関する訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 鈴木敏夫 萩原寿雄)

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